ミノルタの2眼レフ・シリーズ |
日本で初めて発売された二眼レフはミノルタフレックスとプリンスフレックスで、1937に殆ど同時に発売された。
ミノルタは戦後も生産を続け、後に名機といわれているオートコードまで発展し、その間色々なモデルチェンジがされ最後はCDS露出計が付いたオートコードCDSが発売され、1970年頃まで生産された。
オートコードは一時生産中止になったが、その後ユザーの要望で1973頃に300台位製造されている。
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カメラ名 |
ミノルタフレックス |
製造年月 |
1937年 |
シャッター |
クラウン B,1〜1/300 |
レンズ |
プロマー 75mm F3.5 |
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2眼レフの中で戦前の中ではもっとも評判のあったカメラで、このカメラはツアイスイコンのイコーフレックスとローライコードをミックスしたようなカメラと言われたピントフードとネームプレートが、
イコーフレックスでその下はローライコードである。またこのカメラは2重撮影防止機構が付いていた、他の2眼レフカメラではローライオートマット
だけである。他にコンパーシャッター付きが発売された。 |
カメラ名 |
ミノルタフレックスオートマット |
製造年月 |
1939年 |
シャッター |
クラウン B,1〜1/300 |
レンズ |
プロマー 75mm F3.5 |
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戦前における国産2眼レフ唯一のオートマットカメラでクランク巻き上げのセルフコッキング式となっているが一枚目は赤窓であわせ後はクランクで巻き上げる方式である。
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カメラ名 |
ミノルタフレックスV |
製造年月 |
1954年 |
シャッター |
セイコーシャラピッド B,1〜1/500 |
レンズ |
ロッコール 75mm F3.5 |
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ミノルタフレックスの最後の型で、ノブ繰り出しの最後型である、 フィルターの取り付けがバヨネットになったこととシャッタースピードと絞りが上から確認できるように
なったことである。シンクロが コダック式からドイツ式になった等である。 |
カメラ名 |
ミノルターコード |
製造年月 |
1954年 |
シャッター |
セイコーシャラピッド B,1〜1/500 |
レンズ |
プロマーsV 75mm F3.5 |
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ピント繰り出しが前面下のレバー直進式になり、ミノルタの2眼レフのスタイルになった。
この方式はチェコのフレキサレッテが採用しているが、ミノルタの方が1943年に軍用の試作機で作用しているのでこちらの方が先かもしれない。
この機種はsyったーがセイコウシャとシチズン製がある。 |
カメラ名 |
ミノルタオートコードL |
製造年月 |
1955年 |
シャッター |
セイコウシャ B,1〜1/500 |
レンズ |
ロッコール 75mm F3.5 |
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ミノルタオートコードにセレン式の露出計を組み込み、シャッターはライトバリュー方式を採用したカメラである。
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カメラ名 |
オートコードV |
製造年月 |
1962年 |
シャッター |
セイコウシャ B,1〜1/500 |
レンズ |
ロッコール 75mm F3.5 |
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ミノルタ最後の型になる完成したカメラで,特徴は前面プレートのミノルタのロゴが小文字で楕円形の縁取りから上に飛び出しているのですぐに見分けがつく。
初期型は120であったが途中で220フィルムが使えるように変更されている。メーカーでも改造を行っていた。
最後に出たのはこの型にCDS露出計を組み込んだオートコードCDSである。
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